レッジョ・エミリアアプローチから見る日本の幼児教育について

初めてレッジョ・エミリアという言葉を聞いた時、何だその魔女みたいな名前は・・・と思ったのが私の正直な感想です。

その名前がイタリアの地名であることはおろか、まさかレッジョ・エミリアアプローチ幼児教育においてこんなにも重要で世界から注目されているものだとは知りませんでした。

調べていくうちにその魅力に圧倒されつつ、日本教育事情についても現状の一部を知ることができたので、これはぜひ皆さんにも知っていただきたい!と思ったので早速ご紹介していきたいと思います。

日本でも注目を集めるレッジョ・エミリアアプローチとは?

レッジョ・エミリアアプローチの始まりと日本の教育の歴史

レッジョ・エミリア教育のことの発端は第二次世界大戦終戦直後、1945年のことです。悲惨な戦争により瓦礫の街と化したレッジョ・エミリア市でしたが、人々は子どもたちへの将来の希望を捨ていなかったことから始まります

当時のレッジョ・エミリア市民は、戦争で破壊された建物から資材となるものを集めたり、軍が残した戦車や軍事用車両をスクラップしそれらを売り学校を建てる資金として活動していました。

こういった人々の活動を見て心を動かされた教育者や専門家が一体となり、「すぐれた人材を育てるには、まず乳幼児から」という理念のもとにレッジョ・エミリアアプローチが発足します。

その専門家たちの中には有名な絵本作家や演劇系の人などが集まったことから、「個々の個性や表現を大事にしていきたい」という特色を込めた幼児教育が考え出されました。

そして1963年に最初のレッジョ・エミリアアプローチの希望を込めた幼児学校ができたんですね。

みやび(パパ)
約60年もの歴史を持っているんだな~

ちなみに日本が現在のような小学校~中学校までの9年制の義務教育になったのが1947年のことであり、1948年に保育要領が制定されました。

しかし、この当時の日本の幼児教育では「しつけ」に重点を置かれていたとも言われ、先生がいかに子どもを正しく指導しその子どもの発達を促すかという指導目標があったようです。

レッジョ・エミリアアプローチの「個々の個性や表現を大事にしていきたい」という考え方と真逆だったようですね。

レッジョ・エミリアアプローチが世界で注目されはじめたきっかけ

みなさんは「ニューズウィーク(Newsweek)」という雑誌をご存じでしょうか?名前だけであればなんとなく聞いたことがあるという方もおられると思いますが、私もその一人です。

みやび(パパ)
僕はもちろん知ってるよ。アメリカの週刊誌で主に政治や社会情勢を扱っている雑誌のことだよね。
みか子
さすがパパ、その通りよ。しかもこのニューズウィークでは良質な情報だけを発信していると言われているの。

ニューズウィークはニューヨークの本社をはじめアメリカだけにとどまらず、国内外に22の支局を持ち世界各国でそれぞれの国の言語に翻訳されています。

そのため世界規模な雑誌となり読者は世界中で約2500万人いるとも言われています。我が国、日本が誇る大都会、東京の人口が約1400万人でその約2倍もの人たちが世界のあちこちでこの雑誌を読んでいると考えるとすごいですよね。

 

1991年にレッジョ・エミリアアプローチはそんな世界的に有名雑誌に、世界で最も革新的な幼児教育施設として紹介されたことをきっかけに瞬く間に脚光を浴びることになりました。

 

何度も言いますが、世界中で信頼されている情報雑誌に取り上げられてレッジョ・エミリアアプローチが掲載されることは本当に素晴らしく、レッジョ・エミリアアプローチに対する期待や信頼性も高まりますよね。

 

実際にGoogleやディズニーの本社にある幼稚園でこのレッジョ・エミリアアプローチが採用されていることも、優れた幼児教育理論である確たる証拠の一つではないでしょうか。

レッジョ・エミリアを別の視点から見てみたい方には、コチラがオススメ!

レッジョ・エミリアアプローチの何がすごい?日本との違いは?

レッジョ・エミリアアプローチが世界的に有名ということはわかっていただけたかと思いますが、肝心の内容を知らなければいったい何がすごくてそんなに認められているのか全然わからないですよね。

 

それではこれから、なぜレッジョ・エミリアアプローチがニューズウィークにも掲載され、世間の注目を浴びるようになったのか?その理由や特色について述べていきたいと思います。

 

私たちは日本人なので日本の幼児教育とも比較してみる方が分かりやすいと思いますので、ここからは現在の日本の幼児教育と関連付けながらその真相に迫ってみますね

レッジョ・エミリアアプローチは幼児教育への資金を惜しまない

まず調べて衝撃を受けたことですが、経済協力開発機構によると日本の国内総生産に占める教育機関への公的支出はなんと34ヵ国中最下位3.5%という現状があることです。

イタリアも順位で言えば21位と決して上位ではありませんが、日本と同様に幼児人口が少ない国の1つとして両者を比べても日本がダントツで低いんです。

みか子
なんだか難しい話でわかりにくいわね
みやび(パパ)
そうだな。でもつまり、教育に必要な支払いの多くを各家計で負担しているって意味なんだな。

一方でレッジョ・エミリア市の幼児教育に市の予算の15%が幼児教育に使われているという報告があり、そのため各家庭の幼児教育に関わる費用の負担が少なく、コストの大半が公的資金でカバーできていることになっています。

みか子
レッジョ・エミリア市はどうしてここまで子どもたちのためにしてくれるのかしら?

それは、無駄なお金を使うより子どもたちに投資するという決断を市が下し、 レッジョ・エミリア市における公的な教育サービスの考え方は「教育サービスは、子ども・保護者・市の財産である」という根源からくるためです。

子どもを持つ親なら我が子には優秀な人材に育ってほしい、という願望があり自分の子どもへの投資は当然ながら惜しまず、より良い教育を!と考える事でしょう。

ですが、レッジョ・エミリア市ではどんな子どもに対してもそういった気持ちや理解をもっているところが素晴らしく市民一人一人の教育に対する意識の高さを感じますよね。

国と1つの市を対比するのは難しく少し違うような気もしますが、レッジョ・エミリアアプローチを調べるにつれ、このような事実が発覚したことに驚きです。

日本の保育・幼稚園と異なるレッジョ・エミリアアプローチ活動の記録方法

レッジョ・エミリアアプローチの特質の1つにドキュメンテーションがあります。これは子どもたちの活動の様子を記録する実践記録とも言われています。

子どもたちの園での様子やどうやって過ごしているかなど親御さんなら当然気になりますよね?日本では連絡ノートや先生との直接のお話で我が子がどんな風に過ごしているのかを聞いたりするのが一般的であると思います。

でも、それだけではやっぱりきちんと状況を把握するのは難しかったり、何より実際に子どもたちの表情や行動を見るわけではないので、どんな風に楽しんで、成長しているかが不透明だったりすることもありませんか?

みやび(パパ)
参観日とかそういう日じゃなきゃわからないもんな、実際の様子って。

まるでこういった悩みを解消するかのように、レッジョ・エミリアアプローチでは、子ども同士や保育士との会話・活動の様子を、録音・写真・動画として残しているんです。

用いられるものはカメラ、ビデオカメラ、テープレコーダ、スライド投影、タイプライタ、パソコン、コピー機などの電子機器をフル活用します。

そして最終的にパネルを作成しみんなが目にできる所に掲示するの活動がレッジョ・エミリアアプローチのドキュメンテーションの取り組みなんです。

しかも、これはただ単に子どもたちの記録や保育士の業務記録、保護者への伝達ツールとしてではなく、子どもたちが次の学びに活かすことが重要な目的とされています。

つまりドキュメンテーション活動内容は、その成果を振り返り考察するきっかけとなり、子どもたちの次のステップへと確実に活かせることができるんです。

またレッジョ・エミリアアプローチのドキュメンテーションの掲示は保護者と園の間だけにとどまらず地域にまで広がっています。こうした取り組みも地域との交流や地域教育をしっかりと深めているポイントの1つなんですね。

レッジョ・エミリアアプローチで日本でも重要視されている自主性・協調性を身につける

子どもって本当に好奇心旺盛で無邪気で、街中でも子どもがその両親に「あれなに~?」「どうして~?」なんて可愛らしく聞いている声をよく耳にします。

みやび(パパ)
キー坊も好奇心の塊でよくいろんなことを質問してくるな~。

みか子
でもパパ聞かれてもちゃんと答えれてないこと多いわよね。笑

レッジョ・エミリアアプローチのプロジェクト活動はそんな子どもたちの「なぜ?なに?どうして?」という日々の疑問や不思議に思うことを追求する活動なんです。

きお太(3歳)
なにそれ~?どんなことを教えてくれるの?


このプロジェクト活動は2~5人のグループを作り、子どもたちがテーマを決めることから始め、数日から数か月かけてそのテーマについて体験や実験を通して学んでいきます。

そのため、一方的に先生から何かを教えてもらう学びとは違い、子どもたち自身が物事について実際はどうなっているのか調べ、確かめ、考えていくことを大前提とした教育実践法なんです。

プロジェクト活動では観察と分析する力を促すだけでなく、子どもたち一人一人が持つアイデアや考えを求めお互いの考えを共有・尊重、自分とは違うアイデアや考えがあることにも気づかせる狙いがあることも忘れてはなりませんね。

みやび(パパ)
このプロジェクト活動を通して協調性も自然と身につくってわけか~

みか子
ちょっとパパ、日本にの幼児についてこんなことが書いてあったわよ。

幼児によっては、運動能力の低下、消極的な取り組みの姿勢、言語表現能力や集団とのかかわりの中で自己発揮する力が不十分、様々な体験の不足などがあることが指摘されている。

文部科学省公式

これは文部科学省が発表している日本の幼稚園教育の課題と現状の1つです。日本の幼児教育では先生や大人が持っている知識を子どもたちに一方的に教えたり、子どもたちは周囲と違うことを恐れる傾向があるとも言われています。

みやび(パパ)
僕も子どもの頃、友達みんなと同じ方が安心する~っていつも思ってたな~。あと、意見を言うのがなんだか恥ずかかったりケンカしたくないから、自己主張をすることが苦手だったな。
きお太(3歳)
僕もパパと一緒だ~

こういった日本の課題を解決していく方法としてもレッジョ・エミリアアプローチの活動は優れていると思いませんか?そしていつか、日本の子ども特有の問題も解消できる日がくるのではと思わず期待しちゃいますね。

みか子
ちなみに、日本でも2020年には教育改革が行われるそうよ。
きお太(3歳)
え!僕たちどんな風に革命されちゃうの?
みか子
大丈夫。ただ「考える力」を育てたり、子どもたちが自主的に行動し様々な人と協力し合い、言葉や道具をその場面・状況に応じて使いこなす力を身につけられるような教育を目指しているだけよ。


みやび(パパ)
じゃあやっぱりレッジョ・エミリアアプローチはぴったりだな!

レッジョ・エミリアアプローチや子どもの教育方法についてもっと知りたい・考えたいと思われた方がおられたら、ぜひこちらのサイトも参考にしてみてください。

レッジョ・エミリアアプローチには欠かすことのできない「100の言葉」と日本の「十人十色」について

レッジョ・エミリアアプローチをお話するうえで切り離すことができない次の詩をみなさんはご存じでしょうか?

子どもには 
百とおりある。
子どもには
百のことば
百の手
百の考え
百の考え方
遊び方や話し方
百いつでも百の
聞き方
驚き方、愛し方
歌ったり、理解するのに
百の喜び
発見するのに
百の世界
発明するのに
百の世界
夢見るのに
百の世界がある。
子どもには
百のことばがある
(それからもっともっともっと)
けれど九十九は奪われる。
学校や文化が
頭とからだをバラバラにする。
そして子どもにいう
手を使わずに考えなさい
頭を使わずにやりなさい
話さずに聞きなさい
ふざけずに理解しなさい
愛したり驚いたりは
復活祭とクリスマスだけ。
そして子どもにいう
目の前にある世界を発見しなさい 
そして百のうち
九十九を奪ってしまう。
そして子どもにいう
遊びと仕事
現実と空想
科学と想像
空と大地
道理と夢は
一緒にはならないものだと。

つまり
百なんかないという。
子どもはいう
でも、百はある。

子どもたちの100の言葉(レッジョ・エミリアの保育実践について)田辺敬子 訳

私たち大人は歳を重ねるごとに様々な経験をし、世の中のある程度のことを平均的に自分の知識や学びとして習得していると思います。だから、子どもたちが何かを疑問に思った時、すぐにそれに対して答えてしまうことができます。

これは決して悪いことではありません。ですが、その答えは時に子どもたちの創造性や想像力を妨げてしまう可能性もあることを、レッジョ・エミリアアプローチの第一人者であるローリス・マラグッツィは懸念しています。

みか子
ローリス・マラグッツィが作ったこの詩はそんな想いもこ込められているのね。

日本でも「十人十色」という言葉があるように、子どもたちが得意・不得意とすることは当然違います。これに対し日本では不得意なことも克服させ平均的にその子の力をアップさせようとする傾向にあります。

一方レッジョ・エミリアアプローチでは、「子どもひとりひとりの意思、個性を尊重し、伸ばす」という教育理念を基に、子どもたちの興味や必要性にそったカリキュラムが作られ、楽しんで学べる教育を大切にしているんですね。

みやび(パパ)
僕もこういう教育を受けてみたかったな~

まとめ

  •  戦争後の厳しい環境のなかから生まれた子どもたちの未来を思いやる教育
  • レッジョ・エミリアアプローチの実力は世界に認められている
  • レッジョ・エミリア市民は幼児教育の重要性に気付いている
  • 子どもたちの記録方法が最新で無駄がなく、次の学びへ活かされている
  • レッジョ・エミリアでは人として重要な自主性・協調性が身につく
  • 子どもたちの個性にスポットライトを当てた教育を実践している

いかがだったでしょうか?教育理論と言われるとなんだか難しく近寄りがたい感じがしますが、レッジョ・エミリアでは子どもひとりひとりの個性を奪わず、伸ばすことに重きをおいています。

日本との分化や環境の違いはあれど、「子ども」という存在は万国共通でその子が秘めている可能性も同じはずです。

全てが優れている子でなくても、その子の得意とする部分に着目し伸ばしていくことで、それが生きるための強みや武器になれば十分ではないかと私は改めて考えることができました。

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